自分の趣味を「疑う」ことについて考える
時には定期的な投稿から外れた、自分語りでも。
少し前まで、自分はカードゲームにどっぷり浸かっていた。
毎日不規則な時間に起き、ディスコードに張り付きながらDCGのラダーを走り、気が向いたらパックを剥いたりDCGに課金したりして金欠になりながら散財し、深夜に身内との通話を楽しみながらラダーを走り、深夜に寝ていた。
土日になれば大会に出て、ろくに環境を見ていないデッキで当然のように負けていた。
あの時はあの時で楽しかったが、今考えるとかなり余裕がない日々だった。
「来年の春までには院に戻るか働くかどうかを決めないといけない」というタイムリミットから逃げていたのもあり、ラダーは常に切羽詰まり怒鳴り散らすこともあり、バイトで得た金はすぐに消え常に金欠で、大会でも結果を残すことに固執し、カードゲームを道具のように扱っていた自分がいた。
ある日、そんな自分に強烈な嫌悪感を抱くようになった。
本来好きで始めたものを、自分の精神安定や自己顕示欲、承認欲求を満たすためだけの道具にしている自分を許せなかった。
そもそも、休学後に僕がカードゲームを続けていた理由も、心身を壊して何をやりたいかわからなくなっている中で休学以前にやっていて楽しかったものだからというのが主だった。
そこで、ふと区切りの良い時に一旦カードゲームから離れ、カードゲームがない日常を送ってみた。
最初こそ苦しんだ。衝動的にデュエマのパックを買ったこともあった。
ただ、カードゲームをやめてから一か月経つと、カードゲームを辞めた時の大規模な断捨離をしたときに感じた虚しさと併せて、時折しかカードゲームをやりたい欲求は湧かなくなっていた。
...今でも時折、ポケカなどの誘惑が自分に襲い掛かるが。
親には、「前と比べて自由になった気がする」と言われた。
多分、カードゲームをやめて時間的・金銭的な拘束があまりなくなったからだろう。
生活リズムも、大分戻ってきた。
朝型の生活リズムが定着しつつある。
朝起きて日差しを浴びるのは気持ちがいい。
逃げていた就活にも目を向け、真面目に取り組んでいる。
結果は中々悲惨だが、まあそのうち何とかなるだろう。
資格勉強や家庭菜園の勉強など、将来に向けた勉強も始めた。
この大増税時代、節制と貯金と資産形成に繋がることは可能な限り調べておいたり、スキルアップを図っておいて損は無いだろう。
PCの分解や組み立てなど、新しい趣味にも目覚めつつある。
そのうち、Youtubeとかで動画を出してみたいものだ。
惰性で続けていた趣味から離れてみたら、人生が少しづつ明るくなった。
「人生捨てたもんじゃない」と思えるようになった。
見方を変えることで、人生に希望が持てるようになった。
もし、このブログを読んでくださっている方の中に、今の自分に疑問が生じ始めた人がいたら。
惰性で続けている「趣味」を見直してみてはどうだろうか。
趣味が変わるのは、珍しいことではないと思う。
人間は変わる生き物だから。
今日はこのあたりで。
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では。